クライストチャーチの再建

2011年11月9日

2010年9月4日、ニュージーランド第二の都市であるクライストチャーチをマグニチュード7.1の地震が襲い、カンタベリー地方に広範囲にわたる破壊をもたらしました。
悪いことに、この地震が発生してから12ヶ月の間に8,400を超える余震がこの地方を襲っています。
余震の中で最も破壊力が大きかったのは、2011年2月22日に起きたマグニチュード6.3のもので、181名もの命が失われ、街の中心にある建物の半数以上が激しい損傷を受け、取り壊しが命じられました。

日本が救助隊を迅速に派遣してくれたのは、自国でマグニチュード9.0という大地震が発生するほんの3週間前のことで、日本以外の数多くの国々からの救助隊も、緊急時の対策支援をしてくれました。

クライストチャーチはゴシック様式をリバイバルした石造建築で知られており、地元の主な建築家たちは古くなって傷んだ歴史的な石造建築物を残して再建するよう求めました。
ここで政治家たちは、伝統ある魅力的な建築様式で古い街の雰囲気を復元するべきか、あるいは安全性を重視させて、新たにもっと利便性を追求した場所として再建するべきかという苦しいジレンマに直面しました。

クライストチャーチの市長や市議会議員たちは、単純にプロチームを結成して中心街の設計図を描かせるよりも、一般市民にアイディアを募ることを選びました。
"ガーデンシティ"と呼ばれたクライストチャーチの住人たちは、自らが暮らした街を思い起こし、新たな街を造るように求められたのです。
だれもがデザイナーとして応募できました。新しい街のアイディアを視覚化することにより、応募者はデザイナーとしてデザインの重要な過程を体験することができました。

小さな子供たちも、自分が理想とするクライストチャーチの姿を描き、がれきの山から復興した未来の街に関する意見や物語を書くように勧められました。
驚くことに、37万5千人の人口から、10万件を超えるアイディアが提出されました。
同じように印象的だったのは、当局が寄せられたアイディアを評価し、処理していったそのスピードの早さです。
2011年8月11日、ボブ・パーカー市長はクライストチャーチ復興計画の原案を発表しました。
中心のビジネス街は高さを制限して緑地面積を広げ、自転車専用道路や、開放感のある人に優しい空間を造り、街をゆったりと流れるエイボン川はもっと引き立つようになります。
そして大聖堂の前の広場からは路面電車が敷かれる予定です。

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エイボン川周辺のコンセプトイメージ;クライストチャーチ市議会が発表した中心街のシティ・プランより。

クライストチャーチの復興企画に応募した何千人もの人々にとって、創作活動に打ち込んだことは、確かに心の癒しとなりました。
こういった自然災害の被害から心にトラウマを抱えることになった人にとって、自分と同じように災害から難を逃れた他の人々と集まって意見を交わしたり、境遇をどう改善して欲しいかを話し合ったりすること、さらに、復興の手助けをしたり、その自分の手助けが高く評価されたりすることは一番の治療薬となります。

日本や他の国でもそうであるように、ニュージーランドにおけるデザインとは、「コンピューターありき」ではありません。
コンピューターはたいへん役に立ちますが、単なる道具でしかありません。
良いデザインの支えとなる創造力は私たちの心にあるもので、日常で私たちが見るもの、経験するものを通して育ち、成熟していきます。
さらに、私たちの思考過程はインスピレーションのひらめきによって磨かれていきます。
悲しみや逆境から世界的にもすばらしい芸術作品がいくつも生み出されました。
しかし、それが偉大なアートやデザインを生み出す必要条件というわけではありません。
大切なのは、体験した事柄の質ではなく、素材にどれだけ職人としての技能、才能、個性を反映できるかどうかです。
もし、生涯を通じて新しい物事を進んで学び、自身の創造力を大切にできるなら、一人の人間として、そしてアーティストとして成長し続けていくことができるでしょう。

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自分のアイディアを表現している子供;
2011年、クライストチャーチで開かれたシェア・アン・アイディア・コミュニティ・エキスポにて

著者

Thim Chamberlain
オークランドに拠点を置く、グラフィックデザインと出版コンサルタント会社のStreamline Creativeのディレクター。ライター、編集者、そして出版者でもあり、休日にはニュージーランドの森の散策を楽しむ。

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